友情航海

〜追いつけないメリーゴーランドあるいは雨降りのローラーコースター〜

advance generation

ポケモンで、ストーリーの最初に博士からもらえるポケモン(いわゆる御三家ですね)は炎タイプ、草タイプ、水タイプと相場が決まっていますが、私の場合は違いました。炎タイプ、草タイプ、「海」タイプだったのです。わかりますか?水タイプではなく「海」タイプ…。

ここで一つ断っておかなければなりませんが、ポケモンの世界における水タイプの技は全て「淡水」であることを皆さんはご存知でしたでしょうか。水タイプの技といえば例えば「ハイドロポンプ」や「なみのり」などが有名ですが、これらは全て「淡水」による攻撃だったのです。

しかし、海タイプは違います。海タイプのポケモンはその名前の通り、攻撃が「海水」、つまり「塩水」によって行われるのです。これによって海タイプのポケモンは強大なアドバンテージを獲得しました。なんと、本来であれば相性の悪い草タイプに対し、等倍以上のダメージを与えられるようになったのです。これはまさに「青菜に塩」ということわざの示すとおりでしょう。また、「傷口に塩を塗る」ということわざもあるように、すでにダメージを受けているポケモンに対してはより技の威力が高まるという効果まで追加されていたのです。

当時の私はそのような戦略的価値とは別に、単なる好奇心から海タイプのポケモンを選択しましたが、その比類なき強さに気づくのにそう時間はかかりませんでした。海タイプのポケモンを前にしては他のどんなポケモンも恐れるに足りません。おかげで私は特に手持ちを増やしたりレベルを上げたりすることもなく容易に殿堂入りを達成し、当然友人相手の通信対戦でも負け知らずでした。

 

ところがそんなある日、私は不意に強い虚無感に襲われました。こんなやり方で勝利を収めて一体何になるのか。今にして思えば「海タイプ」はバグの一種だったのでしょうが、当時の私には突如としてそのバグが巨大でいびつな、何かただならぬものであるように思えてきたのです。「草タイプか炎タイプを選んでおけばよかった」という強烈な後悔の念に苛まれました。いっその事セーブデータを消して一からやり直そうかとも考えましたが、今更そんなことをしても無駄だということ、全てがもう「手遅れ」だということは子供心にも理解できました。

 

その後の記憶は曖昧ですが、それからおよそ10年後、私が高校を卒業するくらいの時期に部屋の整理をしていたところ押入れの奥からボロボロになったゲーム機とソフトが現れました。そのボロボロ具合は尋常ではなく、まるで車がその上を何往復かしたかのような有様だったのです。少なくとも普通に使用していたらこうはなりませんし、ゲーム機としての原型をもはやとどめていませんでした。これら一連の出来事の関連性は不明ですが、空恐ろしくなった私は何も見なかったことにして大破したゲーム機を押入れの奥底にしまいこみました。今でも私の実家の押入れにはボロボロのゲーム機とソフトが眠っているはずです。

 

あれから十数年経ち、現在の私は立川市の銀行に勤めています。ニュータウンのマンションに住まいを借り、愛すべき伴侶とも巡り会い、一昨年には長女が誕生しました。いち日本人としては極めて平均的で幸せな人生を送っていると感じます。

でも時折、仕事中や食事中、娘をあやしている時などにふと、あの「海タイプ」のことを思い出すのです。しかし思い出すだけで感情が動かされることはありません。ただ去来するのみです。これは単に私が大人になったからなのか、それともあの謎の「海タイプ」によって私の心の回路は一部すでに閉ざされてしまっているのか。そんなことを考えて不安になる時もあります。「海タイプ」、あれは一体何だったのでしょうか。私はどうしてもそのポケモンの名前と姿が思い出せないのです。