友情航海

〜追いつけないメリーゴーランドあるいは雨降りのローラーコースター〜

一大事!上海恒路

(この記事は、「仁義なき戦い」のテーマを聴きながら読むとより一層お楽しみいただけます)

 

 

 

 

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人生は、皮膚病の犬みたいに街を走り回るくそったれバスに似ている。ターミナルを発車し、老人溜まりの病院を通過して、また別の駅に辿り着く頃には、トラックに追い越され、タクシーに追い越され、バイクに追い越され、しまいには自転車にまで追い越されている。私たちがバカにしてきたもの、価値を見出さなかったもの、つまらないと置き去りにしてきたものたちが今、甘ったるい微笑みとともに私たちを見下ろしているのだった。

 

 

 

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地元にDという問題児がいた。彼は同級生から受けているいじめの腹いせのためか、年下である私たち小学生に悪絡みし、無理難題をふっかけては困らせるのが唯一の楽しみとなっているようだった。

ある日、彼は私を含めた数人の小学生に向かって「キャベツになれ」と命じた。私たちが仕方なしに体を丸めようとすると、Dはこの上なくサディスティックな笑みを浮かべて「ただし、くらキャベツ、な」と言い放った。くらキャベツ?発言の意味がわからなかった私たちが「くらキャベツって?」と尋ねると、彼は先ほどまでとは一変し急に泣き出しそうな表情となり、「くらキャベツはぐろキャベツ、かたくておずしいよいキャベツ」と怒鳴るように歌いながら暴れ出したので私たちは一目散に走って逃げた。その歌声は相当に離れても聞こえてきて、逃げる最中にふとDの方を振り返ると、明らかに人体の構造を無視した動きをしていた。

それから数年後、Dは小学4年生の女子を自宅に誘拐・監禁したかどで逮捕された。その女の子は幸いにも無傷だったそうだが、解放された時には髪の毛が真っ白になっていたらしい。

 

 

 

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週末鬼(しゅうまっき)、週末の鬼。日々仕事に追われる現代人たちの「週末ぐらいは楽しみたい」という切なる思いから生まれた妖怪。この妖怪に週末を延長したり充実したものにしたりする能力はない。が、彼は週末を”独立”させることができる。

無論彼は無償でこのような事業を行っているわけではない。「魂の3ミリ」を引き換えに週末を独立したものにしてくれるのだ。はて、魂の3ミリとは?魂に高さはないのではないかと、あるいはそう思われた方も多いであろう。しかし週末鬼(しゅうまっき)、彼は妖怪である。我々人間とは異なった解釈で魂という存在を捉えているのだろう。

私は先日彼に会った際に「魂の3ミリとは?それでは最終的に魂が”ゼロ”になり、無くなることもあり得るのか?」と尋ねてみた。すると週末鬼(しゅうまっき)、かかと笑ってこう答えた。「君くん、魂を人体と同じように考えられちゃあ困るよ。人間は例えば火に炙られようが、溺れようが、身体を切り刻まれようが、最終的な結末は”死”だろう?だが魂は違う。100の処され方があれば、100の異なる結末が待ちうけているのだ。そうだな、この場合の『高さを削られてゼロになる』というのはさしずめーーーー」ここで彼は突如語るのをやめ耳をすまし始めた。「聞こえるかい、私を呼んでいる声だ」つられて耳をそばだてると、確かに微かな声がする。男とも女とも、大人とも子供ともつかぬ一種不気味な声だ。私の訝りを察知したのか週末鬼(しゅうまっき)は「なに、次元を越えて聞こえてくる声なんてどれもこんなもんだぜ」と言い、軽く身支度を済ませたのちに去っていった。「君くんには悪いが、この話の続きはまた今度だ。それではまたいつか、平日と週末の狭間で会おう。ゴッド・ブレス・ユー

彼が去った後、あたり一面に強烈なブーゲンビリアの香りが立ち込めた。私はその匂いを瓶に詰め、ふと思い出した時にそれを嗅ぐようにしている。するとどうだろう、爪が黒ずみ始めたのだ。

 

 

 

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夜空にまたたくすべての光が恒星ではないように、我々が普段目にしている雑踏のひとりひとりが人間とは限らない。私は何もオカルティズムな意味でそんなことを言っているわけじゃあない。外見は人間でも、心はすっかり化け物のそれと化した、いわば「畸人」がそこらじゅうに溢れているのだ。

周囲に畸人がいるかどうかを見定めるのは難しいことではない。きみはPCやスマートフォンを持っているね。Wi-Fi設定を開いて、接続ポイントを確認してみたまえ。その中に「KK013-K13013」というネットワークがあれば、近くに畸人がいるということだ。奴らは電波法を無視した通信を行うからね。

どうだ、やってみたかい?…何、きみのお母さんが畸人だった?それは良くない。今すぐ私のところに避難してきなさい。まったく聖儀教の連中ときたらこんな小娘まで標的に…あ?こっちの話だよ。いいから来いっつってんだろ。死にてえのかクソガキ。

 

 

 

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友人が高校生の時、年末年始の年賀状仕分けのアルバイトのため郵便局に向かうと薄暗い倉庫のような場所に通され、軍手とガスバーナーを渡されたという。建物の壁に接した鉄製の机の上には年賀状の束が置かれており、決して素手で触れるなと注意されたのち、それらを一枚ずつ焼き払っていくようにと指示が出された。

いざ作業を始めてみるとそれらの年賀状は内容も紙質もごく平凡なものばかりで、一体なぜこんなことを、と不思議に思っていたそうだが、焼き進めるにつれて妙なことに気付いた。

宛名の名字が3種類しかないのだ。

机の上には少なく見積もっても5000枚は年賀状があったが、その10分の1ほどを燃やし終えた時、はたとその事実に気づいたという。それほどじっくりと見ていたわけではなかったが、住所も下の名前も差出人も、宛名の名字以外はみんなバラバラだったはずだ。それに、特別にこの地域で多い名字というわけでもない。どういうことなのか上司に尋ねたかったが、場の空気は恐ろしく張り詰めており、とても実際に問いただす気にはなれなかった。

結局その日の年賀状からはその三つ以外の宛名の名字が現れることはなく、それは翌日以降も同様だったらしい。

最終日、なんとか全ての年賀状を焼き尽くすと局員から手渡しで給与が支払われ、このことは絶対に口外するなと口止めされて家に帰された。渡された封筒を開いてみると明らかに労働量・労働時間に見合わない額の大金が入っており、友人はこれまでやらされてきた意味のわからない仕事のことなど忘れて喜んだそうである。

これに味をしめた彼はまたこのバイトをやろうと年末まで待ち構えていたが、その年以降郵便局から募集がかかることはなかった。数年後、大学に進学し上京した彼は冬休みに近所の郵便局で年賀状仕分けのバイトをすることになるが、それはかつてのものとは仕事内容から給与額から何もかもがかけ離れており、そこでようやく高校生時代に自分がやったのは尋常な仕事ではなかったと悟ったということである。

 

 

 

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ピャアヤ〜

ピャアヤ〜

ピャアヤ〜〜〜〜〜

 

 

 

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