うどんの話

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ある日、Oさんがカップのうどんを食べようとフタを開けると、麺、あげ、かまぼこといった具材にびっしりと黒い文字で「×××××」と競合商品の名称が書かれていた。ぎょっとしたOさんは空腹も忘れてカップ麺をゴミ箱に投げ捨て、以降はその銘柄の商品も、また競合商品も買う気になれず、マイナーなカップ麺ばかりを選んで買っているそうである。

 

  

Cさんが香川県に旅行に行った際、「やはりうどんは食べておかなくては」と思い、旅館からほど近い場所にあった二階建て民家の一階部分が店になっているうどん屋に立ち寄った。

その店は愛想の良い老夫婦が経営しておりなかなか雰囲気がよく、肝心のうどんも実に絶品である。すっかり気を良くしたCさんが「いやあ美味しい。やっぱり本場は違いますね」と言って店主たちの方を見ると、何やら二人してただならぬ表情でこちらを見つめている。顎が外れたかのように口を大きく開け、異様に内側に引っ込んだ眼球はぶれることなくCさんの顔を凝視している。え?と思い店内を見回すと、いつの間にか厨房に数人の人影が立っていた。老夫婦の家族と思しき中年の男女一組、セーラー服の少女、黄色いキャップをかぶった少年、そしてようやく歩けるようになったぐらいの幼児。

中年男女と少年少女の4人は老夫婦と同じ顔つきでこちらを見つめている。ただ一人幼児だけは楽しそうに笑っているが、声は一切聞こえない。

 

尋常ならざる空気に恐れをなしたCさんはざるうどんの料金750円をテーブルの上に置き、無言で店を飛び出した。宿泊先がばれないようにわざと遠回りをして旅館に戻り、気を紛らわすために酒をかっくらって眠ってしまったという。

 

翌日、なんとなく興の削がれたCさんが予定を繰り上げて早く帰ろうと旅館からの道を歩いていると、問題のうどん屋の前を通りかかった。見ると、入り口の引き戸に昨日までなかった張り紙が貼られている。紙にはただ一言、「おわりになりました」とだけ書かれていた。頭上から視線を感じたが見上げることはできず、何も見なかったことにして駅への道を急いだ。

 

この出来事からすでに5年以上経つが、未だにCさんは自分が何をしてしまったのか気がかりだという。

 

 

 

Rが自慰行為に勤しんでいる最中、いざ出る、というタイミングで局部に何やらいつもとは違う感覚を覚えたので見ると、尿道からうどんのような物体が放出されようとしている。考える間もなく、ぷりゅん、とそれは発射された。パニックになるRの足元にこぼれ落ちる白い物体。一瞬寄生虫か何かかと疑ったがその質感はまごうことなくうどんであるし、何より自分は一時間ほど前に夜食としてうどんを食べている。でもどうして、どのような経路をたどって性器からうどんが出てきたのかはいくら考えてもわからなかった。

はたから見れば笑い話だがR本人はこの一件がひどくショックだったようで、その後一ヶ月は図らずも禁欲生活を送ることになったという。彼はもともと1日に最低3回は自慰に励むような男だったことを考えると、その恐怖たるや察するに余りあるものである。

 

 

 

Yさんの小学校時代の同級生に、弱冠12歳で漢検準一級を取得したという、T君という生徒がいた。小学校6年生にしてそれだけのことを成し遂げたT君はそれなりの変わり者だったようで、授業中・休み時間を問わずノートに漢字を必死に書きつけていたり、宿題やテストのたびに先生も読めないような難読漢字を使った回答を繰り返し、いくら注意されてもやめなかったりと、「漢字中毒」とでも言うべき彼はクラス内で浮いた存在だったらしい。

ある日の休み時間、Yさんが数人の友達と集まり先日発売されたゲームの話に花を咲かせていると、T君がこちらに近づいてくるのが見えた。

ああ、またいつもの漢字自慢か、とYさんは思った。T君は普段はクラスメイトと一切関わろうとしないくせに、時折会話中のグループに乱入し、これ見よがしに難しい漢字を書いたり読んだりしてみせる癖があったのだ。中にはT君を無視して会話を続けるクラスメイトもいたが、Yさんたちはなんとなく彼に毎回付き合ってあげていた。

 

T君はYさんたちのグループに入り込むと、「うどんという漢字を書く」と早口に宣言しノートと鉛筆を取り出した。特徴的な鉛筆の持ち方で、意気揚々と食偏をノートに書くT君。だがここから雲行きが怪しくなった。偏の右側、つくりの部分が高速で書かれては消されていく。あろうことか彼は「うどん」の漢字を忘れてしまったのだ。

 

ノートが破れるのもお構い無しにT君は書いては消しを繰り返す。どうせ正解なんて分からないんだから適当に書いてもいいのに、とYさんは思ったそうだが、それは彼のプライドが許さなかったのだろう。最終的にT君は「あれぇ?あれぇ?」と涙声でつぶやきながらめちゃくちゃな線をノートに走らせていた。

 

その様子を見ていた、学年でもトップクラスに成績の悪いかっちゃんというガキ大将が「なんだよT、それでも漢字博士かあ?」と煽り、さらに漢字が出てこなくて焦るT君の姿をコミカルなモノマネで再現し始めた。内股になり、世界の全てを小馬鹿にしたような表情で「んぅ〜〜〜、んぅ〜〜〜」と身をよじるかっちゃん。それを見たT君は何かが切れたような顔つきになり、「うるぎゅやああああああぁぁぁぁ」と凄まじい叫び声をあげてノートに何かを書きなぐり、かっちゃんの眼前に突き出した。

 

瞬間、かっちゃんは嘔吐した。驚く間もなく悲鳴に包まれる教室。そのまま昏倒したかっちゃんは先生により保健室に連れて行かれ、次の授業は掃除に費やされることになった。T君は教室の隅に立ち、ぞっとするような目つきでその一部始終を眺めていた。

 

翌日は学校を休み、またその翌日にげっそりした顔で登校してきたかっちゃんに「一体何を見たんだ」と尋ねたYさんだったが、かっちゃんは「かんじ、うどん、かんじ、かんじ」とうわ言のようにつぶやくばかりでさっぱり要領を得ない。

 

結局かっちゃんはこの一件以来すっかり魂が抜けたようになり、小学校卒業後は特別支援学級に入ったらしい。一方のT君はクラスメイトに漢字自慢をしなくなったことを除けば特に変わりはなかったが、卒業式の3日前に「両親の都合で転校」することになり、以降の消息は誰も知らないということである。

 

事の顛末を目撃していたYさんと数人の友人は、会うと未だに「あの時、T君は一体何を書いていたのか」という話題で盛り上がるという。そのうちの一人は何の因果かT君と同じく漢検準一級に合格したそうだが、今のところ見ただけで嘔吐するような漢字には出会っていないとのことである。