中学校で

20代後半のKさんという男性の話である。

 

3年ほど前の年末、忘年会で終電を逃したKさんはタクシーを拾った。行き先を告げシートに腰を落ち着けると、ふと運転手の氏名等が書かれたプレートが目に入った。
一瞬、おや?と思う。どこかで見覚えのある名前だ。確か、中学生の時こんな名前の人がいたような…しかしその先が思い出せない。先生、同級生、その他の学校関係者などいろいろな人の顔を思い浮かべてみたがどれも今ひとつピンとこない。


ただ、今タクシーを運転しているのはどう見ても50歳以上の白髪の男性である。したがって同級生や先輩後輩でないことは確かだが、となるとやっぱり先生か誰かだろうか。それにしても思い出せない。


数分間の逡巡の末、Kさんは思い切って本人に尋ねてみることにした。

 

「あの、すみません。変なことを聞くようですが、以前どこかでお会いしたことってありませんでしたっけ」

 

その瞬間、車内の雰囲気が変わったのを感じたという。運転手がバックミラー越しにこちらをぎょろりと睨みつけた気もする。

 

「…申し訳ありませんが記憶にないですね。ちなみに、その『どこか』とはどこかはお分かりですか」
「はい、僕の中学校でのことなんですが…」

 

車内の空気がさらに重くなる。


「…その中学校の名前は?」
「あ、えっと、〇〇中学校です」

 

数秒の気まずい沈黙のあと、運転手が口を開いた。

 

「…お客さん、今、お客さんの命は私が握っていることを覚えておいてください。突然暴走して建物に突っ込むことも、家から程遠いどこかの山奥に連れて行くことも、やろうと思えばできるのですから」
「えっ、それってどういう…」

 

思わず身を乗り出すKさん。すると運転手はふと我に返ったように謝り始めた。


「あっ…いや、申し訳ございません。今申し上げたことは忘れてください。間違ってもそんなことはいたしませんので。失礼いたしました」
「はあ…」

 

数分後、微妙な空気を打ち破るように運転手が再び口を開いた。

 

「お客さん、先ほどは大変申し訳ございませんでした。なんならお代は結構ですのでここで降りていただいても…」
「いや、それはいいんですが、さっきのは…」
「ああ、ご説明いたします…」

 

運転手が語った内容は次の通りである。

 

およそ1年ほど前から、「あなたと〇〇中学校で会ったことがある」と言う客が定期的に現れるようになったのだという。だいたい1ヶ月に一人程度の頻度で現れ、Kさんはちょうど10人目だったらしい。彼らは性別、年齢、乗せた場所や目的地などどれもがバラバラで、うち何人かには出身地も尋ねたがそれも異なっていた。
このことを直接話すのはKさんが初めてで、これといった実害があるわけではないがとにかく気味が悪いので、思わずあんなことを口走ってしまった、ということだった。

 

ちなみにKさんの出身は福岡県である。運転手によると「九州は初めて」らしい。

「〇〇中学校」という名前は特に変わった響きではないので全国に複数あってもおかしくはないが、だとしても年代までバラバラなのは不可解である。「今までで一番若かったのは高校生、逆は私より上と思しきおばあさんでしたよ」と運転手は言う。また、彼の30年近いというドライバー人生の中で、この一年にそんなことが集中しているのもやはり奇妙な点だった。

 

「…一体なんなんでしょうね」
「さあ…私が教えて欲しいですよ」

 

しかし、一連の説明を受けてもなおKさんは腑に落ちていないところがあった。
確かに変な話だが、本人も言っていた通り何か実害があるわけではない。にも関わらず、先ほどのような過激な物言いをする必要があるのだろうか。あの時、運転手は自分のことを殺そうとさえしていた。そこまでするのは、過去に何か恐ろしい体験をしたからではないのか。

 

そうKさんが問いただすと、運転手は覚悟を決めたように話し始めた。

 

「あの、さっき実害はないって言いましたけど、実は全くないわけではないんです。というのも、そういうお客さんは車から降りた後に、ずっと笑顔で手を振って私を見送ってるんですよ」
「見送る?」
「はい。で、その時の笑顔が本当に怖いんです、なんと言えばいいのか…ほら、水族館に笑うアシカっていうのがいるじゃないですか。あれの顔面を移植したみたいな顔で、ずっとこっちを見ながら手を振ってるんです。あれは、まともな人間のできる顔じゃないですよ」

 


目的地に到着し、変なことばかり言ってすまなかったとまけてくれようとする運転手をなんとかなだめ、料金を支払い車から降りようとした時、運転手から声をかけられた。

 

「お客さんはあんなことしないでくださいよ」
「…わかってますよ」

 

その後Kさんは遠ざかるエンジン音を聞きながら、一度も振り返らず自宅のマンションへと入っていった。運転手が何を見たのか、あるいは見なかったのかはわからない。

 


「いったい俺は、怖い思いをしたのか、それとも怖い思いをさせたのか、どっちだったんだろうねえ」とKさんは言う。彼は今もあの運転手と同姓同名の人物が中学校にいたような気がしてならないのだという。