友情航海

〜追いつけないメリーゴーランドあるいは雨降りのローラーコースター〜

ドブスの思い出

忘れられないドブスがいる。彼女とは話したことも話そうとしたこともなかったが、それでもそのドブスは私の記憶に深く刻み込まれている。

 

高校生の時、誇張なしに友達が一人もいなかった私は授業時間以外は極力教室を離れ、図書室にいるよう心がけていた。図書室は優しい。どこにも居場所のない私のような生徒を黙って受け入れてくれた。暖房の調子が悪いのか冬場は室内がかなり冷え込んでいたが、それでもなお私には図書室が他の教室よりも暖かく感じられた。

図書館司書は50代くらいの禿げた男と、20代にも40代にも見えるのっぺりとした顔つきの女の二人組だった。男の方は生徒たちから「トトロ」という愛称で呼ばれていたが、私にはヒキガエルにしか見えなかった。女の方は特にあだ名の類はなかったようだが、強引にジブリキャラに例えるなら「千と千尋の神隠し」で油屋のある異界につながるトンネルの手前に立てられている石像に似ていた。そんなパッとしない司書コンビだったが、体育の授業をさぼってつげ義春全集などを読んでいた私を追い出すでもなく黙って見守ってくれていた。

 

図書室には基本的に私と同じように友達がいなさそうな連中が集まっていたが、中でも何曜日のどの時間帯に行っても必ずいるいわば「イツメン」が存在し、その一人がくだんのドブスの彼女だった。彼女は私より一学年上だったので図書室以外で会うことはなかったが、それでも友達がいないことは明白だった。そういう顔をしていた。私は友達がいないやつは数多く見てきたが、「顔を見ただけで友達がいないとわかるやつ」は彼女一人しか知らない。彼女はギャグ漫画に登場するようなコミカルなブスではなく、「現実のブスってこんな感じだよな」という顔の最上級クラスだった。顔色は粘土のように暗く、切り傷程度の大きさの目は濁り、鼻は壁に激突したかのように潰れ、腫ぼったい唇だけがやたらと主張をしていた。100人中100人がブスと評する顔面だろう。また、私が通っていた高校は私服制だったにもかかわらず毎日ブレザーの制服を着ていたのも異様だった。

 

私は彼女の顔面に気をとられるあまり、彼女がどんな本を読んでいるのか、そもそも本を読んでいたのかさえも覚えていないが、それでも彼女とは毎日図書館で会っていた。何か会話を交わしたりしたことはないので「会っていた」という言い方は適切ではないかもしれないが、私にとって彼女は志を同じくする頼れる先輩といったところだった。彼女を見れば自分はまだマシだと思えるので、そういった意味で「頼れる」のだった。多分私も周りからそう思われていたのだろう。

 

一度だけ、ドブスの彼女がクラスメイトと思しき女子と一緒にいるところを見たことがある。体育祭の前、ドブスを含めた女子3人で小むかでの練習をしていたのだ。見慣れないジャージを着た彼女は存外に楽しそうで、他の二人も決して嫌な顔はしていなかった。私はまず、ドブスが体育祭に参加しようとしていることに驚きを覚えた。私は3年間一度も体育祭に参加していない。友達のいないやつが体育祭に出るということはすなわち死を意味するからだ。となれば体育祭には出ないのが賢明かつ唯一の手段だと思っていたのだが、彼女はその試練に果敢にも立ち向かおうとしていた。私は悔しいような寂しいような、申し訳ないような気持ちを抱きながら図書室に向かった。ドブスのいない図書室はいつもより広く見えた。

 

そして時は流れ、いよいよ卒業式の日がやってきた。私は2年生でドブスは3年生、ナマズのような顔面も今日で見納めだ。卒業式は在校生は自由参加だったが、ドブスのラストダンスを見届けるためだけに私は参加を決意した。

ここで一つ説明しなければならないが、私が通っていた学校における最後の、そして最悪の悪弊として「卒業証書授与の時にその場にいる全員から名前を呼ばれる」というものがある。別に明確に定められたルールではないので全員と言うと大げさだが、一人一人壇上に上がって校長から卒業証書を受け取る際に、同じ卒業生たち、在校生、先生、果ては参列している父母にまで、ミュージシャンのライブのごとくに名前を叫ばれるのだ。私は1年生時に初めて卒業式を見物し、この風習を目の当たりにして戦慄した。友達が一人もいないという状況で名前を呼ばれようが呼ばれまいが嫌だし、仮に友達がいたとしてもこんな痛々しい祝福を素直に喜べるほど私は純朴ではない。しかし、それはドブスの彼女だって同じことを思っているはずだ。来年の自分の卒業式に備えるためにも、私はドブスから目が離せなかった。

 

いよいよ式が始まった。卒業生たちが、クラスごとに花道を通って体育館に入場する。ドブスは全5クラスある中の4組の出席番号1番だ。2組が入場し、3組が入場し、ついに4組がやってきた。プラカードを掲げた誘導係の生徒とクラスの担任の先生に続き、ついにドブスが姿を表す。晴れ着だ。ドブスは晴れ着を着ていた。嘘だろ。なんで晴れ着なんだ。

確かに卒業生の中には派手な晴れ着を着たり仮装じみた目立つ格好をしていたりする生徒もいたが、それは普段から活発な人や目立つ人がすることだ。普段着の生徒も多くいる中で、毎日図書室に入り浸っていた友達のいないドブスが晴れ着を着るなんてことは誰にも予想できなかっただろう。これがドブス本人の意思ならあまりに向こう見ずな判断だし、親などの第三者の意思だとしたらあまりに残酷すぎる。不安と期待が入り混じる中、私は恋に落ちたようにドブスを見つめ続けていた。

 

式はつつがなく進み、とうとう問題の卒業証書授与が始まった。やはり一人一人名前を叫ばれている。卒業生の大半にとって、こんなに大人数に大声で名前を呼ばれる経験など後にも先にもないものだろう。他人事と思って見れば、まさに晴れ舞台と呼ぶにふさわしい粋な計らいである。しかしだからこそ、ドブスの心境は察するに余りあるものであった。この晴れ舞台で、晴れ着に身を包んだ暗いドブスは祝福してもらえるのか?少年漫画顔負けのハラハラドキドキの展開である。

 

いよいよ4組の卒業証書授与が始まった。先にも書いた通りドブスは出席番号1番なので、早速壇上前の所定の位置につく。と同時に、アフリカの民族音楽のような奇妙な音楽が流れ出した。打ち鳴らされる打楽器と読経のような歌声に会場はざわめいているが、4組の担任はお構いなしにドブスの名を呼んだ。ざわめく会場。歩き出すドブス。鳴り響く奇妙な調べ。卒業証書を受け取るドブス。なおもざわめく会場。卒業証書を受け取り壇上から降りるドブス。太鼓と笛の音。ドブスの名は叫ばれずじまいだった。

 

何が起こったのか。その日、卒業証書授与の最中は各クラスごとにBGMが流れていた。他のクラスのBGMは普通のJ-POPやクラシック曲などだったのだが、なぜか4組の時は謎の民族音楽が流されたのだ。そしてドブスの存在は民族音楽の異質な存在感によって完全にかき消されてしまった。ドブスは晴れ着をもってしてなお、民族音楽に勝つことができなかった。晴れ着を着たドブスが民族音楽に負けたのである。こんなことがあっていいのだろうか。

 

出席番号2番以降の生徒は普通に名前を叫ばれていた。それは会場が民族音楽に慣れたからなのか、あるいはその生徒に普通に友達がいたからなのかは永遠の謎である。とにかく、結果から言えば、私が見届けた3年分3回の卒業式において、名前を叫ばれなかったのはドブスただ一人だった。

 

その卒業式はドブスの名前が叫ばれなかったことを除けば全てがあるべきように進み、一応は大成功という形で幕を閉じた。最後の校歌斉唱では涙を流している生徒も少なからずいた。だが、私はこの卒業式を通して一番泣きたかったのはドブスであったことを決して忘れはしない。ドブスで友達がいないという二重苦を抱えながら晴れ着で臨んだ晴れ舞台。しかしその勇気ある決断も一曲の民族音楽に打ち砕かれてしまう。それでもなお、ドブスは会場で涙を見せるような真似はしなかった。いつもと同じようないびつな顔で、濁った目で虚空を見つめていた。ドブスが何を考えていたのかはわからない。今にも泣き出しそうなのを必死で我慢していたのかもしれないし、案外何とも思っていなかったのかもしれない。ただ、そのどちらにせよ、私にはその時のドブスが誰よりも輝いて見えた。美しく見えたとはお世辞にも言えない。しかし、確かにドブスは輝いていた。

 

ドブスが学校を卒業し、私も学校を卒業した今となってはドブスがどこで何をしているのかは当然わからない。もう二度と会うこともないだろう。しかし、どこで何をしていようがドブスは飄々とうまくやっているに違いない。あれだけの経験を乗り越えたのだ、恐れるものなど何もない。私も彼女に負けないように強く生きていかねばなるまい。私は高校で一人も友達がいなかったが、その代わりに最高の人生の先輩を知ることができた。ドブスに幸あれ。いつか、あの晴れ着が本当に映えるその日まで。